幸福論を読むだけでは幸福になれない!実践を通じて行動しよう

幸福論を読むきっかけ

私が幸福論を読み始めたのは、トラブルでサークルを辞めて孤独と不幸の絶頂を感じていた時です。この上ない不幸を払拭して、幸福になるためには具体的にどうすればいいのか知りたかったのです。初めて読んだアランの幸福論は傷ついた心に染み渡りましたが、実践できたのは数年先の話です。幸福論は読んだだけでは幸福になれず、実践しないと意味がないのです。

自分は臆病で人と関わるのが怖かったので、バイトやサークル活動に参加せず、ただ一人で哲学書を読みふけっていました。幸福論を何回読んでも幸福になれる感じがしません。その理由は今考えてみれば簡単で、幸福になるために具体的な行動をとっていなかったからです。幸福について深く考えずに、いろんな行動をとっていれば自然と幸福になれるのです。

幸福は追ってはいけない

幸福とは必死に追い求めようとすると逃げてしまうものです。幸福について深く考えるには少なからぬ時間と労力が必要で、その間は考えるだけで行動をとることはありません。しかし幸福は行動からしか生まれないのです。必死に女性を口説こうとすると、女性に逃げられてしまうようなものですね。

だから私はこれから幸福論を読みすぎないようにします。大学時代は幸福論が9で行動は1でしたが、これからは幸福論が0.1で行動が9.9の比率になるように生きてみたいです。「そんなわずかでいいのか?」と思われるかもしれませんが、その方がいいのです。

幸福論は人生の指針とも言える重要なものですが、日々の生活で何度も見直すようなものでもありません。暇な時にちらっと確認するくらいがちょうどいいのです。幸福論はいわば幸福に関する他人からのアドバイスです。そのアドバイスに耳を傾けすぎるのは、自分の人生を自分で生きていないようなものです。

幸福=忙しさ

私もやることがなく暇でたまらなかった頃は幸福論の本ばかり読んでいました。しかしやることが山ほどある現在では、幸福論を読むことはほとんどありません。幸福について考える暇がないのです。私が幸福について深く考えていたのは、暇でやることがなかったからです。そして幸福になりたいなら、自分のやりたいことで自分を忙しくすればいいのです。

忙しくすれば幸福になるのなら、仕事をすればみんなハッピーになれるはずです。しかし私もいくつかの仕事を経験しましたが、あまり幸福感が得られませんでした。その理由は仕事が退屈だからです。

ライン作業やピッキング作業は体を動かす仕事で忙しそうに見えますが、実際は頭を動かす必要のないルーチンワークです。そうした単調な肉体労働は体だけ忙しくて、頭は暇なのです。退屈を感じると仕事は途端に苦痛に感じてしまい、作業者は不幸になってしまいます。

幸福の奥義「好きを仕事に」

だから仕事を通じて幸福になりたいのなら、自分の好きなことを仕事にするべきなのです。ブログでも動画でも他の副業でも構いません。好きなことならいくらでも頑張れますし、好きなことだからこそ積極的に技術を磨けるのです。私がブログをビジネスにしているのも、文章を書くことが好きだからです。

では好きなことを仕事にするには具体的にどうすればいいのか?それは皆さん自身で考えなくてはなりません。ただその考えを手助けしてくれる本を私は知っています。橘玲さんの「残酷な世界で生き延びるたった一つの方法」です。この本では私たちがなぜ好きなことを仕事にするべきなのかを詳しく説明しています。

むれ
むれ
アスペルガーであることを受け入れつつも経済的に自由になるために奮闘するブロガーです。 アスペルガー独特の自由な観点から、様々な記事を投稿します。

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