社会が進歩すると人との繋がりは退化する


無縁社会

現在日本では単身世帯が増えており、社会全体の人間関係が希薄化しています。この現象は日本だけでなく先進国でも広く見られています。

NHKが無縁社会と呼ぶこの現象は、社会が発展するほど顕著に見られます。

ではなぜ社会が発展すると、人間関係が希薄化するのか?今回はその疑問について考えていきます。

チャーハンと人の繋がり

例えば日本には冷凍チャーハンという食品があります。

この食品をレンジでチンするだけで、誰でも一人で美味しいチャーハンを食べることができます。

するとチャーハンを作る人や作り方を教わろうとする人も減ってしまいます。

つまりチャーハンを媒介とした人との繋がりが消えてしまうわけですね。

これと同じように様々な製品が機械で作られたり、業務が機械化されたりすると、それだけ他の人との接点が減ってしまいます。

人との接点がなくなると、自分以外に頼れるものがなくなり、とても狭苦しい社会になってしまいます。

人間関係の希薄化が私たちにどのような悪影響を与えるのかについて考えてみましょう。

まずは労働に関する二つの事例を挙げます。

頼れるのは自分のお金だけ

例えば日本では過労によるうつや自殺が社会問題となっています。その理由の一つとして「仕事を辞めると生活基盤を一気に失う」ことがあります。

特に単身世帯ではお隣さんとの関係も希薄です。仕事を辞めたからといって、彼らに頼ることはできません。

だからどうしても「自分の力だけで解決しよう!」と考えてしまい、状況はどんどん悪くなっていきます。

また一人で誰とも接点を持たずに生活していると、お金しか頼れるものがないことに気がつきます。そして仕事を失うことは収入源を失うことであり、それは「死」を意味します。

私たち日本人がどれほど追い込まれても仕事を辞めたいと思わないのは、お金以外に頼れるものがないからなのです。

日本で社会福祉が充実していれば、労働者は気兼ねすることなく嫌な職場を辞めることができるでしょう。

ただ日本では労働者への支援が充実しておらず、社会福祉は高齢者向けのものが目立ちます。

アフリカの楽観主義

次はアフリカの例です。私もうろ覚えなのでよく覚えていないのですが、アフリカのどこかの国では働きすぎるということがありません。

彼らは必要なだけのお金を稼いだらすぐに仕事を辞めてしまいます。そしてお金が足りなくなったら、また働き始めます。

必要な時にしか働かない。なんだかとてもすっきりとした労働観ですね。

病気になったり怪我をしたりした場合はどうするのか、と現地の記者が質問します。

彼らは「治るまで周りの人を頼ればいい」と答えました。

こうした国々では社会がまだ成熟しておらず不便な部分も多いため、困ったことがあれば周囲の人を頼ろうとします。先進国では機械やサービスがその役目を果たします。

ただ機械には人としての感情がありませんし、お金を介したサービスは淡々としています。それにお金がなければこうしたサービスを受けれないというデメリットもあります。成熟した社会ではお金がなくなれば人生が終わるという印象が拭えません。

終わりに

私たち人間は意識しないと楽な方へと流れてしまいます。人間関係を維持することにはそれなりな労力を必要とします。だから私たちは強制されない限り人と関わろうとしません。ただ人と全く関わらない生活を送っていると、精神が寂れていくのがわかります。だからこそ人は面倒でも人と関わりを持つことを諦めてはいけないのです。


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アスペルガーであることを受け入れつつも経済的に自由になるために奮闘するブロガーです。 アスペルガー独特の自由な観点から、様々な記事を投稿します。

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