コミュ障・アスペルガーの人がやるべき仕事を考えてみる

コミュ障地獄

私は子供の頃からコミュニケーション能力がとても低く、他人とろくに話さずに生活してきました。学校の成績には自信があったので、小中高まではなんとかなりました。

しかし大学では勉強は二の次で、コミュ力の方が重要視されていたので、大学生活には大いに苦労しました。ただ大学では最低黙って講義を聞いていればよかったので、なんとかなりました。

就活地獄

問題は就職活動です。就活では大学の生活やしてきた勉強よりも、コミュ力の方がはるかに重視されたので、コミュ障の私には大幅に不利でした。

大学の卒業までにはなんとか内定はもらえましたが、入れたのは中小企業で採用の決め手になったのはTOEICの点数だけでした。

結局入った会社も常識・コミュ力がなかったために、精神を病んで一年半で辞めてしまいました。大人の労働社会で生き抜くためには、コミュ力が必要不可欠だと痛感させられました。

最初の会社を辞めた後は、ネットビジネスに精を出すことにしました。しかしそれもうまくいかずお金も足りなくなったので、派遣で働くことにしました。

ネチネチ地獄

最初に入った派遣は地獄でした。派遣先の上司の人がすごく嫌味ったらしくネチネチした人だったからです。

私はコミュ障に加えてアスペルガーの気質もあるので、人の悪意や棘のある言い方には敏感なのです。そして苦手な人間は過度に怖がってしまいます。

結局派遣先の会社ともソリが合わず、一ヶ月で辞めることにしました。

希望が見える

その次にアルバイトとして入社したのは食品会社の小さな工場でした。採用の段階で話をしたリーダーさんは噛みつくようなタイプの人ではありませんでした。人の粗探しをせず、突っ込んだことも聞いてきません。するのは仕事の話だけです。

コミュ障・アスペルガーの私には上司としてこういうタイプの人が理想だったのです。この人は自分のことを悪く言わない、仕事を真面目にやっていれば怒ったりもしないと思っていたので、気兼ねなく仕事に専念することができました。

周りの人も穏やかな人たちばかりだったので、気軽に接することができました。数ヶ月も仕事をしていると、だんだん人を恐れなくなってきました。

ピッキング

これなら次はもっと時給の高い仕事ができると思ったので、食品工場のバイトを辞めて、時給1200円のピッキングの派遣労働をすることにしました。

次のピッキングの仕事も人と話すことがほとんどありません。真面目に仕事をやっていれば、何も言われることもないです。

仕事は肉体的にハードでしたが、やることがはっきりしていたので、ストレスはたまりませんでした。

アスペルガーにとって一番辛いのは、ルールがはっきりとしていないことなので、仕事の手順がはっきりとしているピッキングは相性がいいのです。

検品

ただ数ヶ月後にはピッキングが遅いと判断され、検品の仕事に移ることになりました。ただ検品の仕事は商品の数を数えるだけなので、楽に思えます。

しかしとても重たい鉄製品を運ばないといけないので、肉体的にかなりハードです。結局お金が貯まる三ヶ月後まで我慢して辞めることにしました。

アスペルガーに適した仕事

ここまで色々ありましたが仕事を転々とするに従って、自分にとっての理想の働き方に近づいてるのがわかります。

今までの経験から考えてアスペルガーに適した仕事の条件は、人とあまり話さないこと、自分の得意分野であること、ルールがはっきりとしていること、嫌味な人間がいないこと、であることが分かりました。

ただ仕事上で人と全く関わらないことは難しいので、雇われで働かせてもらえるように必要最低限のコミュ力は鍛えておくべきだと思います。

コミュ力は使わないと鈍ってしまうので、定期的に家族と話をしたりして、鈍らせないようにしておきたいです。

以上がアスペルガー・コミュ障に苦しむ私が考え抜いた仕事適性です。

むれ
むれ
アスペルガーであることを受け入れつつも経済的に自由になるために奮闘するブロガーです。 アスペルガー独特の自由な観点から、様々な記事を投稿します。

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