大人になるとゲームがつまらないと思う理由

最近ゲームをやってもつまらないと感じるようになってきました。PS4随一の神ゲーとして評判のあるFallout4をプレイしても、面白いというよりは、めんどくさいと感じることの方が多くなりました。もちろんプレイし始めなので、その面白さがまだ分かっていないという面もあるかもですが、最近ではプレイを始めることすら億劫に感じてきました。そこで今回は「大人になるとどうしてゲームがつまらなく感じるのか?」について述べていきたいと思います。

1、得られる刺激が少なくなるから

人は常に人生に何らかの刺激を求めています。そして脳が発達すれば、より複雑な刺激を求めるようになります。例えば赤ちゃんならシンプルな仕掛けのおもちゃを与えておけば十分ですが、小学生になるとそれでは退屈を感じます。彼らには漫画やアニメ、ゲームなどワンランク上の娯楽を与える必要があるのです。

そして大人になるとさらに複雑な刺激のある娯楽を求めるようになります。子供の楽しむ娯楽はどうしても決まったパターンのストーリーになってしまうので、大人には簡単に展開が予想できてしまいます。勧善懲悪なストーリーや単調な仕組みのゲームは大人にとって退屈に感じてしまうのです。

子供の頃ならRPGでより強い装備を揃えて、より強い敵を倒すことに楽しさを感じることができますが、大人の場合はただの作業にしか感じられません。強い装備を手に入れても、単に攻撃力という数値が上がったと感じるだけです。

数値を上げるだけの作業に楽しみを見出せるはずもありません。そこでゲームに飽きた大人はもっと刺激のある趣味に精を出すわけですね。

またRPGでのキャラクターの移動でも同じことが言えます。子供の頃は頭の容量が小さいので、何となくキャラクターを移動させて、アイテムを拾って、戦闘をして、など行き当たりばったりのプレイをします。

一方大人になると、ゲームにも効率を求めるようになり、移動時間でさえ惜しく感じてしまいます。やりたいことは頭の中で決まっているのに、移動がめんどくさい、「どうして移動フィールドなんてものがあるのだろう?一つの画面で行き来できるようになればいいのに!」とも思ったりします。

そう考えると今のスマホゲーの多くにキャラクターのフィールド移動が無いのも納得です。大人はせっかちで、すぐに結果を出したがるものなんですね。

2、共有する相手がいないから

またゲームがつまらなく感じる理由は他にもあります。それは話題を共有する相手がいないことです。子供の頃ならドラクエやポケモンなど話題のゲームをしていれば、自然と会話の輪に入ることができました。みんながやっているから、話題の共有がしやすいわけですね。自分が子供の頃もポケモンが流行っており、口を開けばその話題ばかりでした。

一方大人になると、趣味が多様化してゲームをする人も減り始めます。酒やタバコ、レジャーやスポーツなど金が使える大人には無数の選択肢があるわけです。

人は誰でも自分の体験を他の人に話したくなるもので、同じ趣味を持つ相手と話題を共有できることに無上の喜びを感じます。たとえ面白い体験をしても、話す相手がいなければ味気なく感じてしまいます。

自分も最近ペルソナ5というゲームをクリアしました。ストーリーもバトルシステムも非常に面白く寝る間も惜しんでプレイしていましたが、その時感じた驚きや感動を誰かと分かち合うことができずに残念に思いました。

ゲーム好きに友人がいればいいのにとも思いましたし、ゲームとはもともと複数人で楽しむものではないかとも思いました。いや、ゲームに限らず娯楽とは誰かと共有することで楽しみが何倍にも膨れ上がるものなのでしょう。そう考えると同じ嗜好を持つ仲間がいることは、人生にとって非常に有意義なものに違いありません。

3、他のことに応用できないから

三つめの理由はゲームで得た知識や技能は他の趣味に応用できないことです。例えば料理が趣味なら、作ること自体に飽きても、新しい食材やレシピを探したりして、趣向を変えることができます。またテニスが趣味で飽きてしまっても、鍛えた身体能力や動体視力は他のスポーツでも生かすことができるはずです。学術書を読むのが趣味なら、読めば読むほど読みたい本のジャンルが広がるはずです。

しかしゲームが趣味の場合、こうした拡張性がありません。RPGでキャラクターのレベルを上げても、それを他のゲームに移行することはできません。ゲームをクリアして、新しいゲームを始めるなら、レベルも一から上げなおす必要がありますし、せっかく覚えたバトルシステムも一から覚え直しです。

新しいものに目移りする子供のうちはまだいいでしょう。これが大人になるとゲームをクリアしても、「今まで自分がしてきたことはなんだったんだ?」という虚無感を感じてしまいます。

子供の頃は無限にも感じられた時間も、大人になると貴重なものになります。その貴重な時間をあまり生産的なことに使うのは、もったいないと感じてしまうはずです。一度しかない人生なら、できるだけ有意義に時間を使いたいものですね。

4、会話のネタにならないから

人は社会的な生き物なので、ほとんどの人は何かしらの人間関係で縛られています。人間関係を維持する上で重要なのが会話です。私たちは会話によって人間関係を保ち、相手がどんな人間なのかを見極めます。会話は人間関係において潤滑油のような役割を果たしてくれるのです。

特に相手と共通の話題があると、急にその人に親近感が湧くようになります。その話題を通じて、「ああこの人と自分は似た部分があるな」と自然と心の壁が取り崩されていくわけですね。社交性が高く、会話の上手い人はそのことがわかっているので、会話のネタをいくつもストックしています。そうして様々な価値観を持つ人たちを仲間にしていくわけです。

しかし趣味がゲームだとそこから新しい趣味が派生しません。ゲームの世界はそれ自体で完結して「閉じてしまっている」ので、実際にゲームをやったことのある人としか情報を共有できないのです。例えば私がいくらペルソナ5の面白さを熱弁しても、ゲームが趣味の人、その中でもペルソナ5に興味のある人しか惹きつけられないのです。

一口にゲームといってもその数は星の数ほどあります。そして奇跡的に同じゲームをプレイしていないと、ゲーム趣味の人同士の会話は成り立たなくなります。そう考えるとゲームは会話の話題としてはあまり実用的ではないことがわかりますね。

もしこれが料理趣味なら、同じ料理趣味の人だけでなく、主婦や一人暮らしの人、節約趣味の人、グルメ趣味な人を引き込むことができるはずです。そして「最近は卵や野菜が高い」とか「どこどこのスーパーが安い」などの話題で会話を弾ませることができます。

5、体が倦怠感を覚える

一日中ゲームをしていると、寝るときに奇妙な倦怠感を覚えることがあります。そして適度な疲れがないために、心地よい眠りにつくことができません。引きこもり体質の人なら誰でも経験があるでしょう。

私もその経験者の一人です。ただ私の場合はゲームでなく、仕事としてでした。電子書籍を作るために一日中パソコン作業をしていたのです。夜中に奇妙な倦怠感を感じて眠れなくなることがよくありました。その時は原因がわからなかったのですが、今にして思えば運動不足が原因だったのかもしれません。

実際肉体労働の仕事を始めてからは、そうした症状に苦しむことがなくなりました。仕事はちょっときついですが、寝るときに感じられる疲労からの開放感はとても心地よいです。そして「ああ今日も頑張ったんだな」という充実感をかみしめながら、眠ることができるのです。

人は昔から体を動かして生きてきました。運動のない生活を送っていると、体が衰えて病気のリスクも高まります。確かに体を動かすことで疲労が溜まりますが、疲労なくして休息を取ることはできないのです。

少し脱線してしまいましたが、私が言いたいことは一日中ゲームをしていると適度な疲労と快適な休息を得ることができなくなるということです。ゲームを長時間しても疲れはしますが、それは体の疲労ではなく、精神の疲労です。そして精神だけ疲れて体が疲れないと、気持ちの悪い倦怠感に苛まれることになるのです。

最後に

ゲームの悪いところについて長々と書いてきましたが、私もゲームが嫌いなわけではありません。子供の頃は友達をゲームを楽しんでいましたし、大人になってからも一時的には色々なゲームを楽しんでいました。

ただどんなに評判の高いゲームをプレイしても、大人目線ではどうしても冷めた感じになってしまうのです。そして「子供の頃には面白く感じたゲームがなぜ大人になるとつまらなく感じるのだろう?」という疑問について自分なりに考察してみたかったのです。

また大人には大人なりのゲームの楽しみ方というものもあるのかもしれません。そういったものが分かれば、またブログに書きたいと思います。

むれ
むれ
アスペルガーであることを受け入れつつも経済的に自由になるために奮闘するブロガーです。 アスペルガー独特の自由な観点から、様々な記事を投稿します。

1件のコメント

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です