正直者が馬鹿を見る理由について考えてみる


真面目な人間というものは得することが少ないです。真面目さそのものを否定する気はありませんが、現代を生き抜く上で不利にはなるでしょう。

まず真面目な人というのは一つのルールや考え方に縛られがちで、それ以外のものを排除する傾向にあります。しかし彼らの思考の拠り所となる社会通念や常識、ルールなども案外根拠が弱いものなのです。

正社員が正義と考える

例えば彼らはお金を稼ぐことを「正社員として会社に就職し定年まで働くこと」と考えます。フリーターとして働いたり、株やFXで儲けたり、ネットビジネスを始めることは彼らにとって働くことではないのです。

そして仕事をクビになると、社会からダメな人間と見なされたと自らレッテルを貼り、精神を病んでしまうのです。

うつ病にかかる人間は真面目な人間に多いという話を聞いたことがありますが、彼らは自分の境遇そのものではなく、他人や社会からどう思われているのかを気にするのです。

過去の自分も

なぜこんな風に真面目であることを批判するのかというと自分もそうだったからです。しかし学生時代に古典を多く読み、自分の考えの拠り所がいかに弱いかを痛感してからはいろいろな考え方を認めるようになりました。

また「悟る」前までは、社会問題や移民問題に憤りを感じていましたが、今では自分に関係ないことだと切り捨てられるようになりました。真面目であることを捨てることで視野が広くなったのを感じました。

社会は無駄な真面目ばかり

社会に出ると無駄に真面目すぎる人間が多いことを知りました。彼らは自分の意思ではなく社会通念にしたがって生きているのではないかと思いました。

それだけならまだ無害なのですが、そんなくだらない考えを周りに押し付けてくるのです。こうなると会社の居心地は一気に悪くなり、仕事の出来る人は会社を辞めていきます。

解雇規制が憎い

こうしたことがもっと大規模かつ頻繁に起これば良いのですが、日本には解雇規制があるので、平凡な人は居心地が悪くても会社にとどまるしかありません。この解雇規制こそ日本の労働環境のガンだと考えています。

自由は素晴らしい

正社員として働いていると無職が怖いかもしれませんが、なってみると案外悪くないものです。好きな時に起きて、好きな時に食事をとって、好きな時に寝られます。あとはお金を稼ぐ手段が手に入れば、晴れて自由の身です。

よく真面目な人がバカを見るという表現を見かけますが、それも仕方のないことでしょう。そうした人間は楽をしたいと考えないので、効率的な方法を考えようとはしません。


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